--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新しいシリーズ

2017年02月02日 02:37

0M7A9338.jpg


新しいシリーズを撮り始めた。
というか、まだ正確には撮り始めていない。
 ①こういうことしたら面白いんじゃないか?
→②それ絵にできるのか?
→③こういう方法でなんとかできないか?
→④ロケーション探し
→⑤撮影
→ダメだったら④、場合によっては③に戻る
の④を始めたところだ。気長にやろうと思う。

ところで最近やっと開かれた写真の意味がわかったような気がした。
いや散々色々な人逹に言われ続けてきたことだから、仮に本当にわかったのだとしても逆に今まで何してたんだという感じだけれど。言葉ではわかっていたつもりだったけれど、そのダメな例を実際に自分の写真に当てはめて考えることができていなかったのだと思う。

結論。僕の話はつまらない。誰も興味などない。
だから「僕ら」の話をする必要がある。
僕の話を僕らの話にするための方法は多分たくさんある。
1・つまらない僕の話を僕らの話と受け取る人を待つ。
  一番楽だけど、多分日本に2、3人くらいしかいない。
2・最初から見る人の方を向いて話を作る。
  君の名は、面白かったけど、NHKのクロスインタビューを観たら監督がひたすらに気持ち悪くて、映画は面白かったけれどもう一生観ないだろうなと思った。
3・共通の話題を探す。
  これが正解っぽいけれど、本当に難しい。個人的な話だったら共通の話題にならないのかといえば全然そういったわけでもないし、むしろ自分の中に背景があるものでないと面白いものにならない。個人的な小さな世界の話と社会とかの大きな世界の話、このバランスは大事だろうけれど、バランスのだけの問題でもない。この両方を強く、深く貫くような何かがある話。これが僕らの話なんだろうなと最近は思う。

もちろん、それにたどり着けるかどうかは別の話だけれど。







スポンサーサイト

ここ一年で観た映画の感想

2016年10月10日 00:46

映画を観に行くようになって一年くらいたったので、この1年で観た映画の感想をまとめる。


きみはいい子
子供たちと大人たちの愛の話。
画がとても綺麗。ラストシーンも好きだった。

恋人たち
もがいている人たちがマイナスからゼロへと踏み出す話。
飾らない朴訥で誠実な感じ。話も画も綺麗だった。
パートが分かれている群像劇的な映画で一番好き。

エクスマキナ
AIつんだアンドロイドと人間の密室SFサイコスリラー的な。
話も画も良いんだろうけど、自分の好みではなかった。

二重生活
大学院の研究テーマで赤の他人を尾行する話。
クソオブザクソ映画。原作があるらしいけれど、話の好み以前に映画の作りが雑すぎてもう無理。

ディストラクション・ベイビーズ
バイオレンスなロードムービー。
話が好みじゃなかった。というかワールドイズマイン?
柳楽優弥の演技はすごかった。

FAKE
佐村河内守さんとその奥さんに密着したドキュメンタリー。
最高だった。

リップヴァンティンクルの花嫁
綺麗な絵本みたいな感じ。
結婚式終わってからのシーンがとても好き。

ふきげんな過去
サブカルおとぎ話的な。
画が好きな感じだった。全編とおしてローテンションで理不尽な感じもいい。

シン・ゴジラ
未曾有の災害に立ち向かう政治家と官僚達の人間ドラマ。
突出したヒーローではなく、チームでゴジラに立ち向かっていく話。熱い。

君の名は。
エンタメ。
とにかくエンタメやりきっているところが大好き。

聲の形
色々な「こえ」に耳をすまそうという話だと思う。主人公と周りの人たちの再生の物語。
先に原作読んだ方がいいと思った。7巻の漫画を二時間にまとめるのがそもそも無理だと思う。
もともと原作のいじめのシーンのえげつなさが耐えられなくて、名作という噂は知っていたけれどそれ以降は手を出せなかった。
映画だったら勝手に目に飛び込んでくるから大丈夫だろうと映画を観て、その帰りに原作を全巻買って読んだ。
それから10周くらい読みなおしている。
好きな漫画ベスト3に確実に入るだろう。
なんでこんなに引き込まれるんだろう。作者は天才だと思う。

怒り
大切なあの人が逃亡中の殺人犯かもしれないと悩む3組の話。
演出すげーだろ!?→すげー!!
演技すげーだろ!?→すげー!!
って感じの、かつての巨人の史上最強打線の並びのような映画。
多分原作は好きなんだと思う。

オーバーフェンス
函館の街で、どん底の男女が恋をしました的なアレ。
話は良かったんだけれど、もっとバットスイングを磨いて臨んで欲しかった。
老後はあの人みたいに過ごしたい!と思う人続出の予感。

余談
一週間フレンズという映画の予告編が気になってしょうがない。
7日間しか記憶がもたないヒロインとのラブストーリーらしいが、
「毎週月曜日にいつも言うから。友達になってくださいって。」というセリフで、
常に7日前の記憶を失い続けているのではなく、7日に1回記憶のリセットがあるという設定だと知り衝撃を受けた。






フォトグラファーズセッションとか

2016年09月11日 15:50

0M7A6577.jpg


東京にまたまた行ってきた。
色々写真展も巡ったりしたけれど、フォトグラファーズセッションの表彰式に同窓会的なノリで参加しに行くのがメインの目的だった。

前日に大学の後輩と7年振りくらいに会って飲みに行った。当たり前なのに、来年30って聞いてびっくりした。元気そうに見えた。「君の名は。」の感想で盛り上がってカラオケ行って前前前世で爆死した。

そして、授賞式。グランプリのお二人はとても良いもんもらってやがった。クソが。
でも、それに値する本当に素晴らしい作品だった。ブック買って宛名付きでサインもらっちゃったよ。

その後、セッション同期の2人と三期の方と4人で飲みに行った。
ここでの僕の発言の大半は思い出せない、っていうか思い出したくない。
一例を挙げると、セッションで通いはじめた頃の東京は、「君の名は。」で描かれてる写実的だけどキラキラしてる、あの東京だったんです、という話を東京出身かつ在住の方に熱く語り、リアクションしようがないだろう本当に何がしたいの俺は馬鹿野郎ごめんなさいという感じだった。

でも、皆の話を聞いて頑張ろうと思った。いい写真が撮りたい。めっちゃ頑張ります。

最近撮りはじめたクソポートレートを見てもらったら、やっぱりクソはクソだったみたいだけれど、一枚だけ少し褒めてもらえて、理由が「緊張感があるから」ってのが驚きだった。自分でも一番気に入っていたけど何故気に入ってるかは自分でわかってなかった。写真って難しいね。

そんなわけで、自分の中で「君の名は。」ブームが続いてるので、以下ネタバレ付感想(白色文字)

①東京でのデートコース
瀧と入れ替わった三葉が奥寺先輩とのデートを約束していて、瀧がそのデートに出かけるシーン。
ケータイに瀧宛てのアドバイスのメッセージを色々と残してたりするあたり、デートコースもおそらく三葉発案だろう。

六本木ヒルズ展望台→新国立美術館→東京フォーラムという順番だったと思う。
最初、このシーンの何に衝撃を受けたかというと、僕が四年前初めて東京旅行に行ったときに巡ったコースと同じだったことだ。同じ趣味やん!と衝撃を受けた。

が、ちょっと待てよ。僕は何をしに行ったかというと写真を撮りに行ったわけだ。オシャレな建築物で人を入れて撮ると簡単にカッコよい写真になるので、当時の僕にとって現代建築が集まる東京はそういう意味でも憧れの地だった。
ああ、そういえば瀧も建築好きな設定だった。デッサン描いたりもしてたな。三葉というより瀧の趣味やんこれ。

ということはなんだ、口では私が行くつもりとか言って、アドバイス残すどころか、最初から、しっかり瀧のために下調べして、デートが瀧のホームゲームになるように計画してあげてたんやん!とジーンとした。

②助からなかった人
瀧のモノローグで、「ほとんど」の人が助かったと聞いたときは、そういうリアリティ要らないよ、全員助かりましたでいいだろって思った。でも、今までの新海誠作品(君の名は観た後ネットテレビで観た。微妙だった)ならともかく、ラストをああいう形にした、いい意味でエンタメをやりきったこの映画で、意味もなくそういう変なことをするわけがないと思う。なら誰が亡くなったんだろうか。

正直新聞記事をうつすシーンでちゃんと文字を追えなかったので、そこで僕の予想は否定されてそうな気もする。でも、この映画で亡くなる意味のある人といえば一人しか思いつかない。三葉の父親だ。娘の言葉を信じて、その上で命を賭して、役場に最後まで残って避難指示の放送を続けたってことなんじゃないかと思った。




[ 続きを読む ]

「君の名は。」の感想というか野田さんの感想

2016年09月01日 02:16

0M7A4351.jpg




「君の名は。」を観てきた。
僕の場合、観る映画観る映画だいたい良かったと思うけれど、今回は特に良かった。
上映前に流れた他の映画の予告編が、軒並み感動恋愛青春ストーリー(実写化)ばっかりで、ああこれ観る映画を間違えたなって上映開始前なのにひどく後悔したけれど、というかそれがハードル下げた感もあるけれど、とにかくめっちゃ良かった。

この僕の「良かった」という感情のジャンルとしては感動っていうことになると思う。
でも、悲しい・泣けるから感動とかじゃなくて、熱い感じだった。頑張れよ的な。負けんな的な。

正直なところ30歳過ぎて青春真っ盛りの高校生に感情移入することは無理だ。だからこの映画に引き込まれるるとしたら必然応援するスタンスになる。
友人のももクロファンが、「決して擬似恋愛などではなく、そのサクセスストーリーを応援したいんだ俺たちは」的なことを言っていて、何言ってんだこいつはとか思ったけど、今なら理解できるよ。

この映画の好きなところを書くとネタバレになってしまうので、誰も読んでいないブログとはいえ、公開間もない今の時期にそれはダメな気がするし、それでもこの感動をぶつけたい衝動は抑えがたい。
ということで本編ストーリーとほぼ関係ないくせにやたらと映画をとおして存在感をはなっている人物、野田さんへの感想に絞って書いておこうと思う。

野田さん。下の名前は洋次郎だったと思う。もしかしたら洋二郎かもしれない。バンドRADWIMPSのボーカルだ。
映画を通して要所要所で彼の歌が割り込んでくる。
先に断っておくと僕はRADWIMPSの曲は好きだ。歌詞はアレだけど曲も声も好きだ。
僕が学生の頃に売れてきて、最初は何だこいつらバンプのパクリじゃねえかと思ったけれど、気付いたら当時出ていたアルバムは全部iPodに入れていたし、独りっきりの深夜の実験室でパソコンのスピーカーから大音量で有心論を流していたら、実は一人じゃなくて、しかもそのとき僕は結構な音量で口ずさんでいて、というか熱唱していたという思い出のバンドだ。

冒頭。
とにかく画が綺麗で、見惚れていると、わりとすぐに野田の歌声が聞こえてくる。
え?BGMじゃなくて劇中で普通に歌うの!?とか思っていると、普通にタイトルがばーんと出て、クレジットが流れ始める。毎週やってるアニメで主題歌が流れ始めた感じ。映像も冒頭なのにダイジェストっていうか話進める気がないっていうか、要は主題歌っぽい感じだ。
え?え?と戸惑っていると、画面に白字で浮かんでくる「音楽 RADWIMPS」。
なんか他のクレジットより静止時間長い気がする。
そして普通にワンコーラス歌い切る。野田の満足気な顔が浮かぶ。なんて斬新な映画なんだ。

もちろん流れたのは野田さんのアカペラではなく、ちゃんと演奏も入ったRADWIMPSの楽曲なのだけれど、気になるのはひたすらに野田なのだ。
映画で音楽が挿入されるのはよくある。僕の好きな「ジョゼと虎と魚たち」でもくるりが音楽を担当していた。音楽も含めて映画だというのはわかる。
でも普通は劇中に流れるのはインストだ。歌は入らない。
つまり、映画から野田のアカペラだけ浮いている状態なのだ。

主題歌が終わると再び時間は動き出し、何事もなかったのようにストーリーが進み出す。いやーめっちゃ面白い。再び映画の中に引き込まれる。
そして、物語が軌道にのり、なんとなくひとつの方向に転がり始めたとき、再び音楽が鳴り出す。すかさず野田も歌い出す。
え?また?え?
と戸惑うが、そういえば「主題歌 RADWIMPS」ではなく、「音楽 RADWIMPS」となっていたことを思い出す。

あ、これずっと続くんだ。覚悟がきまる。

ここでやっと気付いたのだ。この映画は野田との共存なくては見られない。
野田に抗うのではなく、受け入れる。そのために必要なものは何か?

そう、野田と一緒に主人公2人を応援するというスタンス。野田は応援団長なんだ。
そこに気付いてから僕は野田の歌が気にならなくなった。むしろ、一体感さえ感じ始めた。
そうだよ!走れよおおお!(野田歌いだす)いっけえええええええ!!
みたいな。
馬鹿野郎あきらめんなよ!!立ち上がれよ!!(野田歌い出す)何でここでバラードなんだよ野田ああああ!!!!
みたいなね。
頼むよ、うまくいってくれよ!?(野田歌い出す)…よし!ナイス選曲!いけそうだよ、ナイス野田!!
ってな具合に最終的には野田さんと同じ方向を向いて映画を楽しめたと思う。

野田さんの話しか書いてないけれど、「君の名は。」、予告編が全然面白そうじゃなかったし、人物の画が好きな感じじゃなくてあまり期待していなかったけれど、ストーリーもすごく練られているし、とにかく熱いし、
とてもいい映画でした。






FAKEの感想(真偽とか誠実さとか写真とか)

2016年07月18日 02:47

0M7A2990.jpg




映画「FAKE」を観てきた。
ゴーストライター騒動の佐村河内氏とその妻(と飼い猫)を撮ったドキュメンタリー映画だ。
一躍時の人となった新垣氏も出てくる。

傑作だと思う。

そして、なんか写真的だなあと思った。
なんでかなーと帰りの電車の中でひとしきり考えてみて、思いついた理由らしきもの中心に映画の良かったところを書いていく。
(ネタバレになるような、ならないような。)

「真実であること」に重きを置かない。
これが、一番だと思う。

いきなり写真の話になるが、僕は「本質を捉えた写真」とかいうのが大嫌いだ。
ポートレートよりも出会い頭のノーファインダーを撮っている人にこの手の思い上がりが多い気がする。

写真に真実は映らない。

真実と撮影者の間には、様々なフィルターが何層にも重なっている。撮影者の「撮りたいもの」によって、被写体、タイミング、構図が選ばれ、撮れた写真はセレクトの段階でもう一度”ふるい”にかかる。そうやって生まれたわずか125分の1秒の一瞬を、それが確かに「現実」の光景であったことを盾にして、さも「真実」であるかのように発表する撮影者の傲慢さに虫酸がはしる。ステートメントとは、撮影者が「自分が世界をこういう色眼鏡で見ようとしました」と提示することにより、他の見方もあり得たことを示唆する、ある種、世界に対しての「誠実さ」でもあると思う。写真というのはものすごい説得力をもってしまうメディアだから、見た人はどうしてもそれが真実だと思ってしまう。Photoshopでの加工やら色彩弄りが発覚するとやたらと話題になるのも、「真実」がひっくり返ってしまって「騙された」人たちが現れるからだろう。
どんな偏った見方の写真を撮ってもいいはずだ(好みは置いといて)。ただ、その偏っていることを示さないのは卑怯だと思う。

これはドキュメンタリー映画でも多分同じだ。
(これがフィクションの映画だと、カメラワークが実際の人の視線とは全く異なるから、真実だと感じられてしまう性質が弱まるように感じる。FAKEは監督自身が手持ちでビデオカメラを長まわしていたから、写真以上に真実だと受け取られやすいと思う)

その点、森監督は誠実だったように思った。映画の作りが「Aとされているが、Bなのかもしれない、いややはりAなのかも、違ったBだ」というように観客の見方を二転三転させるような構成になっている。ここまでされたら、「真実はわからない」という当たり前のことに気が付ける。そういう作りになっている。

そういう構造的な仕組みは映画(映像)ならではであって、写真ではできないと思う。
それでも、その真実かどうかわからない感じがとても心地良くて、それをとても写真的だと思った。

ところで、この映画が公開されることを知ったとき、まず気になったことが2つあった。
①佐村河内氏の耳が聴こえているかどうか
②氏は本当に作曲できるのかどうか
この2点の真偽が騒動の中心だったし、この映画でもそれを中心に展開されるんだろうなと思っていたし、実際に映画でもそれに沿ってエピソードが組まれていたし、それを観ている僕もその真偽を判断しようとしていた。中盤くらいまでは。
でも、途中でどうでもよくなった。

観ている僕の興味の対象がその真偽ではなくて、佐村河内氏に、彼とその妻の関係性に移ってしまったのだ。
森監督がインタビューで彼らをフォトジェニックだと感じたと言っていたが、終盤のシーン、本当にいい画だったと思う。

個人的には、映画の序盤中盤終盤、最初から最後までとおして、佐村河内氏は誠実な人だと感じた。最初から最後まで含めて。何が嘘だとか何が真実とか関係なく、誠実な人だと感じた。
森監督の姿勢はドキュメンタリー映画に対して誠実だと感じた。
映画は森監督の突っ込んだ質問もカットしなかった。だから監督が佐村河内氏に「言わせている」場面もあった。隠すこともできたのに。そのスタンスの誠実さ。
誠実であるということも「何に対して」という部分で多角的に存在する感じがとても良かった。嘘があったから不誠実とか、正直だったら誠実とか、そういうことではなく。

その色々と割り切れない感じ、それでいて背筋がピンとしている感じがとても良い映画だった。








最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。